2年前の服でも新しい
新しくなければ駄目なんだ
トレンドと向き合いながら、独自のスタイルを貫ける武器があるかなんだ
誰が言ったか知らないが。
販売し続ける服がある。トレンドがどうあっても変わらぬ魅力を持ち続ける。そこにシーズンという考えはない、売れ残りもない。
そんな服なら買った後も長く使える。来年も再来年も。そして評判が上がればもっと売れる。
作って売って、安売りして、それでも売れなかったら捨てるサイクルとおさらば、あpれる産業の未来を アーカイブ
川上、川中、川下という分業体制にメスを入れ、生地から作って、デザイン絵柄も自分たちで決めて、開発にじっくり時間をかけて良いものを作ったら、それをじっくりと時間をかけて販売するのだ。
1シーズンで売り切らなくてもいいから、売れ残りの概念もない、しかし定番というのでもない。ただ、モノとしての価値。その価値がずっとある。そんな服こそ、着たい服。
服の価値はそのシーズンのみとされてきた。去年の服は着られないという価値観が蔓延し、消費者も踊らされて買う、買う、セールでさらに買う。
残るのは疲弊。消費者の疲弊。売り手の疲弊。互いに何も残らず、得るものもなく、経験が何かを生み出すこともない。
そこに現れたインターネットからの情報共有化社会において、そんなに必要?てな考えも広く共有され始め、断捨離だとかユニフォーム化だとか、服装に対する考えの多様化が促進されてきた。
服にかけるお金の割合が減り、本当に必要なもの、良いものが求められるようになる。一方でプチプラファッションでオシャレだとか、安いファストファッションで十分という意識も拡散していく。
それは従来の、シーズン毎に新作を追いかけ、それなりのお金を使って服を買うという消費活動が縮小していく未来。
僕らは服を買わなくなった。
アパレル業化の疲弊と甘いマスクメロンの出荷情報は、この後の雑談会の後で。
そんな末期的症状といった様相と逆の方向を行くブランドが登場しつつある。
いいものを安く は誰でも思いつく
いいものを適正価格で となると少し考える
適正価格とは?
原価と利益の関係を見直し、高い原価には高い利益という慣習を見直し、競争力と製品の魅力を高める努力。
コストの削減は安いものを使うことじゃなく、良いものを無駄なく使い切ること。
売れそうなものを作るというより、良いものを作って提案し買ってもらえること。
長く魅力を感じてもらえること。それは長く使ってもらえること。無駄に買い換えなくてもよいということ。作り手のコスト削減は買い手のコスト削減を手伝う。
服がどんどん売れる時代は、売れそうなものをとにかく大量に作り、値段はつけ放題。それで売れた。
売り手の決めた額に客の思考が合わせた時代。
これを毎シーズン繰り返し、売り上げがたった。
今、そんなサイクルに疑問を持つ人が増えた。良いデザインは長期間にわたって受け継がれていくものだし、改良を重ねてバージョンアップしていくもの。
さらに新品でなくても良い、中古品、古着でも構わないという考えも広まりつつある。なんなら買うんじゃなくて、レンタルでよくね?みたいな。
消費者が先か、売り手が先か、未来の好みはどちらが産み出しても構わない。やってみないと好みに合うかどうかわからない。想定外の需要の拡大はしばられないアイデアと挑戦から得られる。
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